Back to Blog
高等教育奨学金教育政策教育社会学

貸与型奨学金の拡大が意味するもの ― 数字から読む日本の学生支援


高等教育ウィークリー 創刊記念連載 ― 全5回シリーズ|第2回

6月8日創刊の「高等教育ウィークリー」を記念した全5回エッセイシリーズ。第1回「大学は学生のための機関ではない」に続く、第2回です。


日本の高等教育における学生支援の中心は、長らく「貸与型奨学金」が担ってきた。日本学生支援機構(JASSO)のデータによれば、令和6年度の奨学生は115万人で、高等教育機関の学生の約3人に1人が利用している。そのうち約8割が返済義務のある貸与型だ。

この比率をどう読むかは、立場によって異なる。普及した支援制度として評価する見方もあれば、給付型が少ないという課題の表れとして捉える見方もある。まず制度の現状を整理することから始めたい。


制度の概要と数字

貸与型奨学金には第一種(無利子)と第二種(有利子)がある。令和7年3月終了者の第二種の金利は、利率固定方式で1.641%、利率見直し方式で1.100%だ。法定上限は3%で、現状の利率はその水準を下回っている。

月額8万円を4年間借りた場合の試算では、元金384万円に対し、総返還額は453万円・返還期間20年となる。大学(学部)生の平均貸与総額は323万円、平均返還年数は15年だ(令和7年3月終了者)。

令和7年度予算では給付・貸与を合計すると1兆613億円規模に達する見込みで、制度の規模は年々拡大している。


延滞の推移

延滞の問題は、制度設計を議論するうえで欠かせない視点だ。ピーク時の2013年(平成25年度)には1日以上の延滞者が33万人を超え、延滞額は957億円に達した。

その後JASSOは段階的な回収強化策を講じた。3か月以上の延滞で個人信用情報機関への登録、さらに支払督促・訴訟への移行を導入している。令和6年度末の3か月以上延滞者は12万7千人・延滞額723億円まで減少しており、数値上は改善が見られる。

この改善の要因をどう解釈するかは一様ではない。卒業後の就労環境の変化、返済猶予制度の活用、あるいは回収強化の効果——複数の要因が絡み合っている可能性が高い。


学費の変化という文脈

奨学金の問題を考えるとき、学費の推移を切り離すことは難しい。国立大学の授業料は1975年に年間3.6万円だったが、2024年には53.5万円になった。同期間の消費者物価指数の上昇が2〜3倍程度であることを踏まえると、教育費の実質的な負担は大きく変化したことがわかる。

この変化の背景には、高等教育への公的支出の相対的な縮小がある。OECDの統計を見ると、日本の高等教育に占める公的支出の割合は加盟国の中で低い水準に位置している。その分を補う仕組みとして貸与型奨学金が機能してきたという見方は、研究者の間でも広く共有されている。

ただし、これを「政策の失敗」と断定するのは早計かもしれない。財政制約の中でどこまで公費を投入するか、受益者負担をどのように設計するかは、価値観の対立を含む問いでもある。


2006年入学世代が経験したこと ― 一つの具体例として

抽象的な制度の話を、一つの世代の経験として具体化してみたい。

2006年に大学に入学した学生は、2010年前後に卒業を迎えた。この世代が在学した4年間に何が起きたかを振り返ると、制度と社会の変化が個人の経験にどう交差するかが見えてくる。

入学時(2006年)の制度環境

2006年時点の国立大学授業料は年間535,800円だった。この水準は2004年に標準額として固定されており、以降現在まで実質的に変わっていない。

奨学金制度には重要な変化があった直後でもあった。2004年4月、長年にわたり学生支援を担ってきた日本育英会が廃止され、独立行政法人・日本学生支援機構(JASSO)が設立された。制度の担い手が変わり、「育英」という言葉が組織名から消えた。この時点で給付型奨学金は事実上存在せず、学生が利用できるのは貸与型(第一種・第二種)のみだった。

在学中(2008年)に起きたこと

2006年入学の3年生が就職活動の準備を始める時期にあたる2008年秋、リーマン・ショックが発生した。世界的な金融危機は日本の雇用市場にも波及し、2010年春の大学卒業予定者の就職内定率は過去最低水準を記録した。

2010年3月卒業生の就職内定率は91.8%と統計上は高く見えるが、これは就職活動を続けている学生を分母に含めない算出方法によるものだ。実際の就職困難の実態は、数字が示す以上に深刻だったという指摘が当時からあった。

卒業後の返済期間

2010年前後に卒業しローンの返済を開始した場合、平均返還年数15年を当てはめると、2025年前後まで返済が続く計算になる。返済の開始期が就職難の時期と重なったこの世代は、延滞者がピークを迎えた2013年(1日以上延滞者33万人超)の統計に一定程度含まれていると考えられる。

もちろん、個々の経験は多様だ。専攻・大学・家庭環境・就職先によって状況は大きく異なる。ここで述べているのは、制度と社会的条件が組み合わさった「時代の文脈」であり、個人の選択や努力の問題とは別の次元の話だ。

一つの世代の経験を通して見ると、奨学金の問題は「制度の設計」だけでなく、卒業後の労働市場の状況とも密接に絡み合っていることがわかる。返済能力は借りた金額だけで決まるのではなく、卒業後の経済状況にも大きく左右される。この点は、制度を評価するうえで見落とされがちな視点かもしれない。


国際比較が示すもの

他国の制度と比較することで、日本の位置づけが見えやすくなる。

ドイツやフランスでは公立大学の授業料が原則無償で、奨学金の多くは返済不要の給付型だ。北欧諸国でも同様の傾向がある。一方、アメリカは学費が高額だが、大学独自の給付型奨学金が充実しており、必ずしも貸与型に頼る構造ではない。

日本で給付型奨学金が本格的に導入されたのは2020年度のことだ。対象は住民税非課税世帯及びそれに準ずる世帯に限定されており、令和6年度には35万人・1,500億円規模に拡充されている。制度の方向性としては給付型の拡大が進んでいるが、どの水準まで、どの所得層までを対象とするかについては、引き続き議論が続いている。


「支援」の設計をめぐる問い

奨学金制度をめぐる議論の根底には、「高等教育の費用は誰が負担すべきか」という問いがある。

個人の能力形成への投資と捉えれば、受益者である学生本人が負担するという考え方には一定の合理性がある。社会全体の人的資本形成への投資と捉えれば、公的負担を増やすべきだという議論も成り立つ。

どちらの考え方を採るかは、高等教育にどのような役割を期待するかによって変わってくる。それは、現時点での正解があるというより、社会としての継続的な選択の問題だと言えるかもしれない。

延滞者の存在、学費の高騰、給付型の拡大——これらの事実は、制度が今まさに問い直される局面にあることを示している。その議論を考えるための素材として、今回のデータを活用していただければ幸いだ。

Share:
View all posts