高等教育ウィークリー 創刊記念連載 ― 全5回シリーズ|第1回
2026年6月8日、ニュースレター「高等教育ウィークリー」が創刊しました。
日本の大学・奨学金・学歴社会をめぐる構造的問題を、「何がそうさせているのか」という視点で整理するエッセイシリーズ。創刊を記念して、全5回をお届けします。更新は毎週月曜日です。
| 回 | テーマ | 公開日 |
|---|---|---|
| 第1回 | 少子化なのに大学が増える謎 ← 今回 | 6/8 |
| 第2回 | 奨学金という名のローン | 6/15 |
| 第3回 | 大学院卒が冷遇される日本の謎 | 6/22 |
| 第4回 | 大学「ブランド」は何を保証しているのか | 6/29 |
| 第5回 | AI時代に「4年間」は高すぎる機会費用ではないか | 7/6 |
少子化が進む中で、日本の大学数は増え続けている。この事実は、高等教育をめぐる制度の構造をどう考えるかという問いを提起する。
数字が示す逆説
日本の18歳人口は1992年にピークを迎えた。約205万人。その後、2024年には約106万人まで減少した。約30年で、ほぼ半分になった計算だ。
しかし大学の数は逆の動きをした。1992年に523校だった大学は、2024年には807校に増えている。学生の供給が半減する間に、大学の数は1.5倍以上になった。
一般的な市場論理では説明しにくい現象だ。需要が半減すれば、供給側も縮小するのが通常の見立てとなる。しかし日本の高等教育は、その論理が働きにくい。なぜか。
制度が形成されてきた経緯
日本の大学拡充は戦後から始まった。1947年の教育基本法・学校教育法の制定により、戦前の帝国大学中心の体制から、多数の大学を設ける方向に転換した。高度経済成長期には、企業の人材需要と教育機会の拡大要求が重なり、大学の数と定員はともに増加した。
転換点の一つが1991年の大学設置基準の大綱化だ。規制緩和の文脈で、大学新設の条件が一定程度緩和された。この前後から新設大学の数が増加し、地方を中心に小規模大学が生まれた。
国際的に見ると、高等教育の「普及化」は多くの国で起きている現象だ。OECDの調査では、25〜34歳の大学等卒業者の割合は加盟国平均で約48%に達する(2022年)。日本も約62%と高い水準にある。大学が「一部のエリートのもの」から「多くの人が通るもの」に変化したのは、日本だけではない。
ただし、多くの国では大学数の増加に応じた統廃合や、学位の質管理の仕組みが機能してきた。日本で特徴的なのは、大学の数が増え続けても、自然淘汰のプロセスが働きにくい制度設計にある点だ。
構造を読む
なぜ大学は統廃合されにくいのか。複数の要因が絡み合っている。
認可制度の特性。大学の新設・廃止は文部科学省の認可事項だ。新設を許可する権限が中央に集中する一方、廃止・統合を促す政策的誘導は限定的だった。設置者(学校法人)の意向なしに大学を閉めることは、制度的に難しい構造がある。
私学財政の特性。私立大学が解散する場合、残余財産は原則として国庫または教育関連の公益法人に帰属するという規定がある(私立学校法に基づく)。設立者や経営者が長年維持してきた資産が、廃校によって手を離れることを意味する。このため、経営が困難でも存続を選ぶインセンティブが生まれやすい。
私学助成の仕組み。国は私立大学の経常費の一部を補助している(私学助成)。補助額は入学定員充足率などに影響されるが、完全に撤退しないかぎり一定の補助が続く構造になっている。厳しい条件下でも経営を続けられる余地がある。
地域との結びつき。地方にある大学は、数百人規模の雇用を抱える経済主体でもある。教職員の雇用、学生が消費する地域経済、下宿や飲食店など、大学の存在が地域の経済活動と結びついている場合がある。統廃合は地域経済への影響を伴うため、地方行政との調整が生じる。
複数の解釈
この構造をどう読むかは、視点によって異なる。
「政策の合理性」という見方がある。大学が地方にとって雇用と教育機会を提供しているという事実は否定できない。少子化が急速に進む地域では、大学の存在が若者の流出を一定程度抑制している側面もある。統廃合を急ぐことの社会的コストも、無視できない。
「市場機能の不全」という見方もある。定員を大きく下回っても存続できる仕組みは、教育の質管理を困難にする可能性がある。学生が「潰れないだろうから」という前提で入学し、後から教育環境の実態に直面するとすれば、情報の非対称性の問題がある。
「政策の意図と帰結のずれ」という視点もある。1991年の規制緩和は、教育機会の多様化を目的としていた。しかし実際には、経営基盤が十分でない大学の新設を促し、後の定員割れ問題につながった面がある。政策の設計時に想定されなかった結果が生じるのは、社会制度全般に見られることだ。
問い ― 大学の「設計思想」を誰が決めるのか
大学という機関が誰のために機能するか、という問いは、簡単には答えられない。
学生のためか。地域のためか。産業のためか。文化・学術のためか。
現在の制度が特定の利害だけを反映しているとも言えないし、すべての利害をバランスよく代表しているとも言えない。複数の主体が、それぞれの文脈で合理的に行動した結果として、今の構造がある。
少子化が深刻化するこれからの10〜20年で、大学の数と質と役割をどう考えるかは、社会全体の問いだ。「大学に行く」という選択をする個人にとっても、「どの大学を選ぶか」ではなく「なぜ大学に行くのか」という問いが、より実質的になっていくかもしれない。