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書く人間が、作る

ウェブサイトのキャッチコピーを考えていた。

「高等教育の現場から、DX・AIの最前線を届ける。」という文言が浮かんだ。しかし何かが引っかかった。私は教員ではない。大学病院にいたとき、私は医師でもなかった。どこへ行っても、ただのスタッフだった。

そのことに、今さら傷つくわけではない。ただ、権威ある立場から語る言葉の信頼感と、職員という立場から語る言葉の信頼感の非対称性は、外から想像するよりずっと根深い。

しかし考えを進めるうちに気づいた。それは弱点ではなく、固有の視座なのかもしれない、と。


政治、医療、高等教育。日本社会で最も変わらないと言われる三つの領域に、私は内側から関わってきた。経産省の産学連携、大学病院の経営戦略、そして今も大学の現場にいる。それぞれの場所に、変わらないことによって成立している世界があった。補助金の設計がああいう形になる理由、診療報酬の政治的な決まり方、教員会議の議事が進む速度。批判は簡単だ。だが、その場所で生きている人間の論理を理解せずに語る言葉は、空洞に響く。

「変わらなければならない」と言いながら、どのように世界が成立しているかを観察してきた。その矛盾を抱えたまま、私は働き続けてきた。


ただし、これらの職業を私が望んで選んだわけではない。

偶然と成り行きだった。大学で働くことを目指したことも、医療機関や官庁を志したことも、厳密に言えば、自分の意志で選んだとは言い難い。時代と状況と、その場その場の判断が積み重なって、今ここにいる。

私の人生で、唯一自ら選んだことがあるとすれば——舞台俳優になりたい、劇作家になりたい、ということだけだった。

学生時代、戯曲を書いた。上演された。観客がいた。その経験が、私の何かを決定的に形作った。以来、約15年間、ほとんど書いていない。38歳になった。

なりたいものになれなかった、というあきらめがある。しかしそのあきらめに抵抗する何かも、まだ残っている。そうした中途半端なものが、自分の中に今もある。

経営者になりたい、とは周囲に言う。しかし劇作家になりたい、とは言わない。

間違いなく、私は劇作家だからだ。


その事実から目を逸らしたまま、AIツールを作り、業務効率化を語り続けることは、ある種の死を意味する。技術は今の私の商売道具だ。しかしそれは主ではない。

書かなかった15年間に、私は書くべき素材の中を生きていた。経産省の会議室、大学病院の経営会議、変わらない組織の中で合理的に動く人間たち。劇作家の目で、ずっと観察し続けていた。

書く筋肉は眠っていた。材料は積み上がっていた。

だから今、書く。エッセイが主で、ツールは従。そういう順序で、このサイトを使う。

書く人間が、作る。

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