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なぜ日本の組織はGoogleの「同時承認」を使わないのか――直列フロー文化の解剖

なぜ日本の組織はGoogleの「同時承認」を使わないのか

電子決裁システムを作成している。 そこで気付いたのだが、Googleドキュメントには標準で「承認」という機能がある。

これは、ドキュメントについて、指定した一人あるいは複数のユーザーに書類を送って承認をもらうことができる。複数のファイルを見てもらいたい場合は、ドライブに格納してURLをドキュメントに張って送ればよい。承認者は好きなタイミングで、承認する。

なぜ、職場ではで電子決裁システムというシステムが存在するのだろうか?

GASを使ったWebアプリだ。起案フォームをHTML化し、決裁者のメールにリンクが届き、クリックするだけでブラウザから承認できる設計にした。スプレッドシートをDBとして裏に隠し、ユーザーには一切触らせない。技術的には「同時承認」も「直列承認」も実装できた。

並列承認機能も入れた。同じ順位番号を複数人に振れば、同時に承認依頼が飛ぶ仕組みだ。

誰も使わなかった。

「課長が押してから部長に見せてください」と言われた。システムの話じゃなく、組織の話だった。


「無駄」に見えるものは、本当に無駄なのか

Googleドキュメントには同時承認機能がある。関係者全員にいっぺんに通知を飛ばして、手の空いた人から順番にチェックする「並列処理」だ。

なぜ日本の多くの組織はこれを使わないのか。

よくある答えは「慣習だから」「変化が嫌いだから」「昭和から変わっていないから」だ。だがその答えは、問いに答えていない。なぜその慣習が令和まで生き残っているのか、を説明していない。

合理的な説明がないシステムは、市場で淘汰される。生き残っているシステムには、必ず「生き残っている理由」がある。


直列フローの「コスト」は何と引き換えか

まずデメリットから整理する。直列フローの害悪は明白だ。

誰か一人がメールを見ていないだけで、承認フロー全体がストップする。1分で終わる「OK」の意思表示に3日かかることがある。スピードが命のビジネス環境では、致命傷になりうる。

さらに、書類の中身と無関係な調整コストが発生する。「係長より先に課長に見せてはならない」「あの人に先に話を通しておかないと後で面倒になる」という、成果とは関係のない気遣いに現場のエネルギーが消費される。

そして最大の問題が、責任の所在だ。全員がハンコを押した結果、何かあったときに「誰が責任を取るのか」がわからなくなる。「みんなで決めたから」は「誰も決めていない」と同義だ。

では、なぜこのコストを払い続けるのか。


誰がこのシステムで「得をしているか」

経営者・管理職から見てみよう。

直列フローは「事前合意の積み上げ」だ。起案書が部長のデスクに届く頃には、係長・課長がすでに目を通し、修正を加え、「おかしな点」を排除している。部長は磨かれた書類だけを読めばいい。

これをバカにするのは簡単だが、考えてみてほしい。並列承認で全員が同時に書類を受け取ると、粗削りなアイデアが幹部の目に入る。幹部は細部を議論する羽目になり、決裁が遅くなる。あるいは「こんな書類で部長に見せるな」と若手が怒られる。

直列フローは「下で揉む」コストを明示的に払うことで、「上で揉む」コストを節約しているのだ。


「決まった後」の速度が世界最速の理由

欧米型のトップダウン意思決定は、決まるまでが爆速だ。CEOが「やれ」と言えば翌日から始まる。

ところが現場が動かない。

理由はシンプルで、現場が「決め方に合意していない」からだ。「上から降ってきた話」として受け取られ、自分ごとにならない。指示の意図が伝わっていない。担当者レベルでの「なぜ」が共有されていない。

結果として、現場の抵抗、理解不足によるミス、「それって本当に上が言ったの?」という確認コストが発生する。欧米企業のプロジェクトが「決定 → 現場の反乱 → 修正 → 再決定」を繰り返すのはそのためだ。

日本型の直列フローは逆の戦略を取る。決まるまでに時間をかけて、全員の合意を積み上げる。「回覧が来た = 自分も関与している = 自分ごと」という心理が生まれる。

だから「決まった後の実行スピード」が速い。現場が勝手に動く。確認コストが低い。「あれ、どういう意図だっけ?」という問い合わせが少ない。


書類が「会議室の代わり」として機能している

直列フローのルートを通る書類は、単なる承認依頼ではない。

組織の「情報伝達インフラ」だ。

係長が書類を読む → その内容を知る。課長が読む → 知る。部長が読む → 知る。これで、わざわざ全員を集めた会議を開かなくても、方向性が自然と組織内に共有される。

しかも若手にとっては、上司に論理を直してもらうOJTになる。「この書き方だと課長に引っかかるから、こう書いた方がいい」という指導が、回覧のプロセスで自然に発生する。会議室での研修よりも、実際の書類を通じた実地訓練の方が身につく。

無駄に見える「回覧」は、「全員参加型のブリーフィング」と「実務OJT」を、コストゼロで実現している。


「全員でハンコを押す」は個人を守る保険だ

これが最も見落とされている点だと思っている。

日本型雇用の特徴は、解雇規制の強さだ。リストラが難しい代わりに、個人に強い説明責任(Accountability)を求めにくい構造がある。

海外、特に米国では、プロジェクトの失敗は担当者個人の責任に直結する。意思決定者が「自分がGOを出した」記録が残り、失敗すれば即クビになる。

全員でハンコを押す日本型は、万が一の失敗を「組織全体の責任」に分散させる。「みんなで決めたから仕方ない」は言い訳に聞こえるが、個人の雇用と生活を守るクッションとして機能している。

年功序列・終身雇用・ハンコ文化は、バラバラに見えて一つのパッケージだ。個人の責任を曖昧にすることで長期雇用を実現するという、日本型雇用システムの一部として設計されている。

だから「ハンコ文化だけ廃止」は難しい。システムの一部を変えると、他の部分が機能しなくなる。


「形骸化したスタンプラリー」と「根回しのマインド」は別物だ

ここで区別が必要になる。

直列フローには2種類ある。

一つは「内容を読んでいる回覧」。係長が書類を読み、修正コメントを入れ、知識を持って課長に回す。課長が実質的な判断をして部長に上げる。これは機能している。

もう一つは「形式的なスタンプラリー」。誰も内容を読まず、見た形跡だけ残すためにハンコを押す。3人の決裁者がいるが、実質的な判断は誰もしていない。

多くの組織で起きているのは、後者の形骸化だ。これは直列フローの「本来の機能」が消えた抜け殻だ。事前合意も、情報共有も、OJTも、何も起きていない。あるのは「決裁に3日かかる」というコストだけだ。

電子決裁システムを作って気づいたのは、この「形骸化した部分」は確かに効率化できる、ということだ。ブラウザから1クリックで承認できれば、「書類を探す時間」「スプレッドシートを操作する手間」は消える。

ただし、根回しのマインド――「重要な決定をする前に、関係者の意見を聞いておく」という文化は、デジタルツールでは代替できない。


まとめ:「ツールの問題」と「文化の問題」を混同しない

「日本のハンコ文化はデジタル化で解決できる」という言説は、半分正しく半分間違っている。

解決できる部分: 物理的な書類の受け渡し、スタンプを押す動作、承認操作の煩雑さ、書類の所在確認。これらはツールの問題だ。電子化すれば消える。

解決できない部分: 「全員の合意を積み上げてから決定する」という意思決定スタイル、「上司を通じて情報を学ぶ」という学習文化、「失敗を組織全体で引き受ける」というリスク分散の思想。これらは文化の問題だ。ツールを変えても残る。

やるべきことは、操作のデジタル化と、合意形成のマインドの維持を、分けて考えることだ。

電子決裁システムを作って並列承認を実装したとき、「課長が押してから」と言われた。

あれは正しかったと思っている。その組織には、その順番で回す理由があった。変えるべきだったのは、承認を「クリック一つ」で終わらせる操作性であって、誰に何の順番で回すかという組織の意思決定スタイルではなかった。


この混同を避けない限り、「DXで全部解決」という話は机上の空論で終わる。日本型組織のデジタル化が何十年も「うまくいかない」のは、技術の問題ではなく、この区別ができていないからだ。


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